無線 事始め2008年10月16日 19時45分

小笠原村父島において初めてトランシーバーで交信をしました。他に仲間内で
連絡を取る手段がなかったので、事前に準備はしておきました。二見港に入港
したあと、境浦・扇浦・中山峠・ブタ海岸・ジョンビーチと移動したのですが、
中山峠を越すには徒歩しか手段がなく、父島の南端はほんとに人跡未踏という
感じがしました。中山峠に無線中継基地(人ひとり)をおいて、二見港と南端の
海岸と連絡を取り合いました。ジョンビーチは人っ子一人いない、すばらしい
海岸でした。ここで1日をボーーッと泳いで過ごしたことが忘れられません。
トイレもないので、砂浜に穴を開けて用を足しました。こういう時間を過ごす
のもたまには良いものです。さて、その無線のことですが、皆様と同様、東京
晴海の試験会場まで4度も足を運びました。最初は四級から始め、1年後には
一級でした。毎回、試験の後に築地の寿司店に入りましたが、会計する時に目
の玉がドーンと飛び出したことを覚えています。ネタは新鮮で最高でした....
実は、私は最初から、デジタル衛星通信をやりたいという目的で無線を始めた
のですが、手始めに聞こうとした FO-20 の CW信号がなかなか聞こえなかった
のですよね。今思うと理由がよくわからないのですが、プリアンプを設置して
から安定して聞こえるようになりました。今ではアンプ無しでも当然聞くこと
ができるのですが、その時は半年近くも衛星からの信号が聞こえずに、悶々と
毎日を送っていたことを覚えています。昨日述べた PC と同様に、衛星通信も
本職の一部となっています。趣味と仕事の境界線がないということはストレス
が溜まらないということで、まぁ良いことなのかもしれません。